| (49)関東女子ゴルフに女優さんが勝った〜新東宝映画のスターだった荒川さつきさん |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/06/23)

荒川さつきといっても知る人は少なかろう。戦後間もなくの銀幕のスターだった。鎌倉在住の文士(久米正雄などの文化人)の発案による『鎌倉カーニバル』というミスコンテストが開かれ、ミス・カーニバルに選ばれた人物だった。このコンテストの委員会から推されて新東宝映画の女優になり、多くの映画に出演した。
その頃の荒川は趣味としてゴルフを始め、多くの財界のお歴々とプレーをした経験がある。その間、アメリカに渡りゴルフの腕前に磨きをかけ、相模カンツリー倶楽部に入会してコース通いに熱を挙げた。
関東の女子ゴルフ選手権が創始されたのは昭和30年のこと。荒川は第1回大会から出場して、アメリカで磨いた腕を試した。第1回目の選手権は伊沢鈴子が優勝し、荒川は10打離されて3位タイ。当時の荒川は本名の吉田五月でプレーしていたから、周囲に女優さんとは気づかれなかったようだ。しかし第2回の競技会が昭和31年の10月、小金井カントリー倶楽部で開かれた。荒川はマッチプレーであれよあれよという間に勝ち進み、ベテランの西邑敦子と優勝を争った。秋雨が降り続き、両者はびしょ濡れで戦い、荒川は5アンド4で初優勝した。この時、荒川さつきの芸名で出場したため、女優さんがゴルフ大会に勝った、と大騒ぎになり、写真入りの記事で新聞の運動面を飾った。この時、運動部のデスクがいうには『普通の人なら記事にならない。女優さんなら見出しを大きく』と大声で指示した。
《写真・荒川さつきのプレー/関東ゴルフ連盟機関誌より》
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