関東ゴルフ連盟の生みの親 番組名:我、アマチュアナリスト(アマチュアゴルファー奮戦記)

更新日(2010/04/15)

 関東地区のゴルフを統括する関東ゴルフ連盟(竹田恆正理事長)はこの3月、創立75年を迎えた。だが、これまで創立に関する史料が不足していて創立の時期やだれが創立に介在したかは不明な点があった。
しかし75年史を纏めるため広報委員会(委員長・塚原裕氏)が史料探しに奔走した結果、生みの親、浅野良三氏(日本鋼管元社長=現JEF、浅野セメント、東洋汽船などの役員を歴任、昭和40年2月75歳で没)が関わったという史実を堀起こした。

 関東ゴルフ連盟は全国を統括する日本ゴルフ協会(JGA)傘下にある八つの地区連盟の一つ。昭和10年3月18日、ゴルフの社交団体、日本ゴルファース倶楽部(略称NGC。理事長・森村市左衛門氏。在京ゴルファーの親睦団体)の手で創立された。
浅野氏はNGCが常務理事を務め、財務、運営を担当した。昭和9年、浅野氏は欧州出張の折、各国のゴルフ事情を視察し『欧州のゴルファーは日本ほどシビアにやっていない。見習うべきだ。ゴルファーの社交団体があってもいいのでは・・・』と痛感して、親睦団体のNGC(事務所は東京會舘)を昭和7年に立ち上げている。この社交団体は関東地区のゴルフ普及に大きく貢献した。
さらに浅野氏は『関東にも関西連盟(KGU)と同じように関東を中心とした各倶楽部を統一したものが必要だ』と主張し、NGCを中心として関東連盟の創立に動いた。浅野氏はハーバード大学出だけに英語は堪能だった。昭和の初期、JGAの創立期の委員だった。ハンディキャップは7。日本アマの準決勝に進出したほどの腕達者で隠れた日本のゴルフ界のリーダーだった。

【写真・昭和初期の浅野氏】