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ハロー先輩〜小泉 直さんの巻〜 番組名:ハロー先輩

更新日(2011/12/27)

かつて学生ゴルフ連盟の委員、連盟員として、学生ゴルフの普及に東奔西走した先輩諸侯を訪ねるコーナーです。このコーナーは社会人としてのジャンルを問わず、各階で活躍中の学生ゴルフ界の先輩に登場してもらいます。

 (社)日本ゴルファー機構はこの3月3日、東京で開催された第6回の社員総会で、島田幸作会長に代わって新会長にトヨタ自動車出身の小泉直氏を選んだ。小泉氏は昭和30年代の初期、立教大学ゴルフ部(副将)で活躍した学生ゴルフ会のOBである。学生時代を振り出しに、アマチュアゴルファーとしては50年のキャリアを持つ。昨年度は日本学生ゴルフ連盟の理事を務めた。アマチュア界の長い経験から、日本ツアー機構就任の第1声は『エチケット、マナーの重視なくしてゴルフはない。アマチュアもプロも同じ。こうした意識革命から進めたい』という異例のメッセージを発した。
 (社)日本ゴルファー機構は99(平成11)年の発足で、ツアーに出場する男子プロを統括する組織である。だが、最近は女子プロに人気を押され、いささか低迷状態が続いている。さらに社団という公益法人の改革が叫ばれているお折柄、この難局を切り抜けるために、どう舵を取るか、日本のゴルフ界はいま、小泉さんの就任に熱い目を向けている。KSGA編集子は早速、小泉伸会長を東京・赤坂の日本ツアー気候の事務局に訪ねた。

 新会長の小泉さんは東京都出身。高校時代(立教高校)は野球部員として第27回(昭和30年)のセンバツ高校野球大会に出場した“高校球児”である。だが1回戦で優勝校の浪華商と対戦して0−6に破れた。甲子園出場を前に大学野球の練習に参加した。ところが兄貴分の大学には当時、砂押監督以下、長嶋茂雄三塁手(巨人終身監督)、杉浦忠投手(南海ホークス)、元屋敷錦吾遊撃手(阪急ブレーブス)といった六大学球界切っての大物がいた。小泉さんは大学選手に混じって練習に参加した。だが、『レベルが違いすぎる』のを痛感した。高校を終える時期に野球を諦め、父・穆英(きよひで)氏が薦めたゴルフをやり始めた経歴がある。初めてラウンドしたのは昭和31年8月、箱根の仙石でコースを回った。大学に入るやゴルフ部に入部し昭和34年、第1回の東京中日新聞杯関東学生競技(東京GC)で7位に入賞した。『パワーのあるゴルフの持ち主』というのは当時の同輩たちの声だが、いまも迫力あるタイプは不変。

 大学を出て昭和36年、トヨタ自動車販売株式会社に入社し、部長職を歴任した後、日本高速通信株式会社、ネッツトヨタ東京株式会社、トヨタ瑞浪開発株式会社の役員を経て一昨年6月、65歳の定年でトヨタを退社した。定年を迎えた小泉さんは社会奉仕の必要性を感じていた矢先、ツアー機構会長職の就任の要請を受けた。 『与えられた職はボランティアでなかったが、若い時代に覚えたゴルフというスポーツを通じ、社会のお役に立てば……という決意で引き受けました』
 小泉さんにはサラリーマン時代から広い人脈がある。トヨタグループのゴルフ場経営も経験済み。ビジネス感覚も鋭い。だから会長職には得がたい人材という声が多い。
 プロゴルフ会は相撲の社会と同じで、組織の中に他社会の人材を入れなかった。だが今回の小泉さんを会長に迎えたことによって、組織に新鮮さが加わり、マンネリ化した男子のツアーの活性化が図られるのは必至のようだ。新規スポンサーの開発、国際交流、プロゴルフの組織の一本化など、課題山積だが、小泉さんならバイタリティとスマートな社交性で解決の糸口を見つけてくれるに違いない。

 『ゴルフは楽しいスポーツだ。朝8時から夕方5時まで、一日中交流が続く。こんなスポーツは他にない。人間性が問われるのはここです。だが守らなければならない義務はない。ゴルフには文言にないルールが沢山あるから、文言にないルールが守られてこそ、失われたゴルフの尊厳を取り戻せる。だから私は就任時にエチケット、マナーが大切だ、と訴えたわけはそこにあったのです』
 この言葉は後輩に向けたメッセージと受け止めてもよかろう。
 小誌が発行される頃はプロツアーも開幕しているだろう。『アクション』(行動)『ミッション』(氏名)『パッション』(情熱)という三つの“ション”を旗印に掲げ、陣頭指揮に立つ“学連”の先輩の活躍を期待しようではないか。

≪写真・日本ゴルフツアー機構会長室で語る小泉さん≫