忘れてならじ、林由郎(よしろう)の大きな功績〜98歳で年度初めに他界〜 番組名:ゴルフは時空を超えて

更新日(2012/02/02)

 昨 年の暮れに杉原輝雄さんが、今年の初めに林由郎さんという名プロゴルファーが相次いで他界した。杉原さんは前立腺ガンとの戦い末の壮絶死だった。一方、林さんは老衰による98歳の死だった。ともに体格は小柄で、近年、大型化する流れに逆らうような体格の持ち主ながら、技のうまさは抜群だった。  

 《由ちゃん》のニックネームで親しまれた林さんに話題を絞ろう。林さんは戦前、我孫子GCでキャディを経てプロになった。華々しい活躍をしたのは戦後のこと。兵役から復員するや古巣のゴルフ場に復帰し、競技に専念して昭和20年代前半から、日本オープン、同プロ、関東プロ、同オープンを制覇するなど若くして関東ではトップクラスに躍り出た。顕著な海外における成績では1956(昭和31)年、石井廸夫(みちお)さんと組んだカナダカップ(第4回大会〜ロンドン)で団体4位タイの成績を残している。この成績は翌57(昭和32)年のカナダカップにおける日本チームの初優勝という快挙の引き金になった。立役者は中村寅吉さんだが、しかし、林さんの前年の活躍をないがしろにはカナダカップは語れない。ゴルフジャーナリズムが見落としているのはここだ。林、石井さんの活躍で日本のゴルフの実力世界に広く知られ渡り、翌57年の日本大会開催が決定的になったからだ。

  戦後のドルのない時代、林さんはプロペラ機で海を渡り、4年連続、シカゴに遠征でのタモシャンターの大会で活躍した。小柄な林さんは世界の大きな強豪を相手に戦った。その健闘ぶりは敗戦で打ちひしがれていたシカゴの在留邦人たちに勇気を与えた。感動した邦人たちは日本食を差し入れ『戦争に負けたが、ゴルフは大和魂で戦え!』と激励した。このように林さんは戦後、日本のゴルフの復興の担手になったのみならず、国際的には日本ゴルフを知らしめたプロゴルファーは、林さんをおいて他に礼を見ないだろう。

【写真】元気に活躍したころの林さん(※東京ゴルフ倶楽部蔵)