更新日(2010/12/14)
昭 和32年のこと。東京ゴルフ倶楽部(埼玉県狭山市)にポール・ハーンというアメリカ人のゴルフ曲打ちがやってきた。目的は日本に駐留している米軍の慰問だった。およそ300人の米将兵や東京ゴルフ倶楽部の会員たちの目前で、フック、スライスボールを打ったり、高い足場を造って、1メートルほどの高いティーに乗せたボールを自在に打ったりして、その得意技はやんや喝采を浴びた。 その時代、敗戦国の日本では、戦前にできたゴルフ場は軒並み日本を占領した米軍に接収され、彼らや家族の慰安施設になっていた。日本に駐留する将兵を慰安するため、戦勝国のアメリカは著名な芸能人、スポーツ選手を送り込んだ。ハリウッドの人気ものが大勢、日本を訪れているが、その中には歌手のボッブ・ホープ、女優のマリリン・モンローらもいた。ここの紹介するポール・ハーンもその一人だった。この時のハーンのデモンストレーションは興に乗り、いよいよ人間ティーでボールを打つというクライマックスを迎える。 勇敢なる女性は長島利子さんといった。米軍のゴルフショップに勤務していた。後に新井常吉さんと結婚した。新井さんは霞ヶ関CCのプロだった。昭和31年の日本プロ選手権のランナーアップになったが、数年前他界した。
【写真・ティーショットの様子】
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