根岸Х神戸 インターポートマッチ 番組名:ゴルフは時空を超えて

更新日(2010/12/13)

 西 暦1902年といえば、日本暦に直すと明治35年だ。この頃、既に日本に住んでいた外国人ゴルファーたちは大いにゴルフを楽しみ、倶楽部対抗戦をやっていた。

 日本で初めてのゴルフ場は神戸六甲山上にできた神戸ゴルフ倶楽部である。それから遅れて横浜に住んでいた外国人の手で根岸の競馬場内にコースができた。ゴルフ場は『ニッポン レース クラブ ゴルフイング アソシエーション』(根岸)という名称で横浜在住の外国人専用だった。トラックの内側に9ホールがあった。
この両倶楽部は年1回、神戸Х横浜インターポートマッチを繰り広げた。ともに港町だったことから、ポートという言葉が使われたらしい。まだ、日本人は、僅かの人数が外国で体験した程度という時代のことだ。対抗戦は昭和の初期まで続いた。

 写真は明治35年11月15日、根岸で行われた対抗マッチの集合写真である。写っているのは神戸と根岸を代表したゴルファーたち。学校の校舎を思わせる建物はクラブハウスだろう。日本人の若者が大勢写っているがキャディか、球探し要員。

この時から遅れること11年、大正2(1013)年に日本人の手による日本人のための東京ゴルフ倶楽部が東京・駒澤に誕生した。

この対抗戦がやがて日本アマチュア選手権となる。

【写真・対抗マッチの集合写真】