更新日(2018/10/02)
先般、古いゴルファーで学生時代、慶應義塾大のゴルフ部で活躍した村山雅春さんと懇談の機会に恵まれた。村山さんは卒業後、富士CCのメンバーになり、昭和42年度の関東倶楽部対抗で優勝の原動力になっている。会話の中で『孫ちゃん』と連呼する一幕があった。 学生時代にゴルフを手掛けたのは、父親の捨吉さんが戦前からのゴルファーであった影響だ。大学に入学後、当時のグリーンクラブの一員になって活躍した。捨吉さんは今、幻になったが、藤澤CCでキャプテンを務めた実力者。程ヶ谷CCではゴルフのうまい名物会員だった。同倶楽部で競技があると、取材に訪れた記者団の対応に汗を流していた。村山さんは父親の関係もあり程ヶ谷CCでプロたちからゴルフを教わったりして程ヶ谷のプロ連中と親しかった。 程ヶ谷といえば小野光一さんが所属していた。昭和32年、中村寅吉と組んでカナダカップに勝ち、日本のゴルフを世界的に知らしめた名手だ。程ヶ谷では会員やプロ仲間から『孫ちゃん』と親しまれた。先日、程ヶ谷CCの昔話に花が咲いたが、村山さんが『孫ちゃん』のことを思い出し、孫ちゃんと連呼した。小野は旧大連から日本にゴルフ技術習得のためにやってきた。旧姓は孫士釣。日本語はたどたどしかった。カナダカップの少し前に帰化して苗字は小野になった。が、古いゴルファーたちは依然として『孫ちゃん』と呼んだ。小野の旧姓を知る人は少なかろう。 《写真・カナダカップ優勝時の小野光一(右)と中村寅吉》
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