更新日(2018/05/11)
伊東といえば東洋一のレジャーホテルとして有名な川奈ホテルがある。創業者は大倉財閥の2代目、大倉喜七郎さん。現在は西武グループの経営だが、創業は1936(昭和11)年。豪華なホテルに36ホールのゴルフコースが併設されている。古い大島コースはゴルフ界の大御所である大谷光明さんの設計。新しい富士コースの設計はチャールズ・ヒュー・アリソンである。 話題の主、杉本さんは川奈ホテルに近い町に生まれ、地元の高校を卒業後、川奈ホテルに就職した。その頃、ホテルの専属プロとして台湾出身の陳清水さんがいた。陳さんは杉本さんの叔父に当たることから手ほどきを受けた杉本さんは18ホールを80台のスコアを回るほど力をつけていた。 昭和20年代の終わり頃のこと。これが大倉さんの目に留まり、当時としては珍しい女子プロの誕生へと流れた。 大倉さんは自前でゴルフコースを造るほどのゴルフ好き。ここを訪れたゴルファ―の要望に応え、杉本さんにレッスンを担当してもらおうということになり、1956(昭和31)年には従来のホテル従業員からゴルフプロとして川奈ホテルの専属になった。折しも日本に女子プロが正式に発足し、関東プロゴルフ協会に女子プロ部が設置されて女子プロたちの活動が始まった。1967(昭和42)年に女子プロテスト競技が行われ、その年の暮れには女子プロ誕生を記念した記念競技会が開催されている。 その間、杉本さんは女子プロの1期生として樋口久子、大場藤子、二瓶綾子、長倉福江さんらと日本の女子プロとして牽引役を担っていたが、昭和50年頃のこと、病魔に侵されて40歳代の若さで他界した。その後、女子プロの走りである杉本さんの存在は日本の女子プロ界から忘れ去られていた。 冒頭に登場した北岡さんは慶應義塾大のゴルフ部時代、部の合宿で川奈のコースを利用したことから川奈出身のプロとの交流があり、杉本さんともプレーした経験がある。『それ故に、忘れられない』という。今回、見学した杉本さんの記念碑は大型テレビ程の大きさで、記念碑の贈り主は日本女子プロゴルフ協会員一同、有志一同となっている。杉本さんは生家の庭から今日の日本の女子プロの隆盛を見守っている。 《写真〜伊東・川奈にある杉本家の庭先に建てられている伊代ちゃんの記念碑》
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