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10月末の新聞スポーツ面の片隅に、石井廸夫さんの死亡記事が小さく出ていた。享年85歳。去る11月1日、生まれ故郷の静岡県伊豆の国市で葬儀が行われた。
今どきのゴルファーには『石井』といってもピンとこないかも知れない。なにしろ昭和30年代に活躍したプロだから無理からぬことだろう。
石井さんは生まれ故郷の伊豆伊東にある川奈ホテルゴルフ場からプロになり、戦後の日本プロゴルフ界で大活躍した名プロである。
長年、関西の芦屋カンツリー倶楽部の専属プロを務め、関西オープン選手権での3度の優勝を始めとして日本プロシニア選手権など通算10勝を記録した実力者だが、流れるような美しいスウィングの持ち主であることの方がもっと有名だった。
生来の温厚な性格と物腰の柔らかから《廸ちゃん》という愛称で多くのゴルファーから親しまれた。
石井さんが日本のプロゴルフ界で一躍、注目されたのはスウィングの美しさもさることながら昭和29(1954)年、日本のゴルフが初めて『カナダカップ』(第2回大会)に出場を認められた折である。
中村寅吉さん(故人)とペアを組んでカナダに遠征した。
さらに翌30(1955)年、カナダカップのロンドンにおける第4回大会で林由郎さんと組み、4位タイに入る原動力になった。
カナダカップはその翌年、日本で開催され中村、小野光一ペアの優勝で日本のゴルフは世界的に有名になり、ゴルフというスポーツの普及、発展に拍車がかかった。石井さんが残した前年団体4位タイと個人7位の成績は、それらの下地になった、と高い評価を受けた。
川奈出身のプロには石井姓が多く、川奈ホテルのゴルフ場を足場にプロゴルフ界に進出した人物が多く生まれているが、この石井さんは現役時代、関西が足場だったため関東出身のプロということを知る人は少なかった。
大正生まれのプロの巨星がまた一つ消えたことになる。
《写真・中村寅吉さんと組んでカナダカップに出場した石井廸夫さん(中央)と松平駐カナダ日本大使》
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