君島一郎さんのもうひとつの功績 番組名:孔球偉人列伝

更新日(2009/06/18)

 2009年度の野球殿堂(東京・水道橋、東京ドーム球場内)入りで特別表彰を受けた君島一郎(きみじま いちろう)氏は、旧制一高時代、野球部の二塁手として活躍した。だが、選手としてより20年の歳月を費やして日本の野球の原点を極めた『日本の野球の創生記』の著者としての方が有名だ。これが表彰の対象になったようだ。君島さんは東京帝大を出て明治45年、日銀に入行、昭和2年に函館支店長として函館に赴任し、その年の春に函館郊外にある柏野の芝原でゴルフボールを打ったという北海道ゴルフのパイオニアである。
 その時代、北海道にはゴルフ場はなく昭和3年、地元有力者の協力を得て函館競馬場内に6ホールのコースを完成させた。これが後に函館ゴルフ倶楽部となる。君島さんは英国勤務から帰国後、東京郊外の武蔵野カンツリー倶楽部平山コースでゴルフを始めた。転勤先の岡山、門司でゴルフ倶楽部創設の世話役を担った。地方経済界の指導的に立たされていたという自覚がゴルフ倶楽部創立に動いたようだが、北海道ゴルフの開拓者であることはあまり知られていなかった。
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【写真・東京千代田区学士会館内にある日本の野球発祥の記念碑】