春風に乗って出た鍋島直泰さんのダブルホールインワン 番組名:孔球偉人列伝

更新日(2006/04/11)

 毎年、春が来ると名ゴルファーの鍋島直泰さん(1907〜1981)がやってのけた『ダブルホールインワン』のことが思い出される。ダブルホールインワンとは1ラウンドのプレーで2度、ホールインワンを出した?ギネスもの?の快挙だ。

 鍋島さんは佐賀・鍋島藩主の直系に当たる方で、元侯爵というご身分。父親のなお直みつ映さんが熱心なゴルファーだった影響を受け、幼少期からゴルフに親しんでおられた。学習院在学中には東京・駒沢にあった東京ゴルフ倶楽部のご常連で、将来の大物と折り紙をつけられていた。東大卒業後、宮内庁に勤務のかたわら常にアマチュアゴルフ界で活躍する一級の腕前の持ち主だった。

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 1961(昭和36)年3月5日、会員になっている程ヶ谷CC(コースが横浜市常盤区にあった時代)で行われた弥生杯競技に出場した。この日は春に風が強かったが、鍋島さんはアウトを36で回った後、インコースで前人未踏のダブルホールインワンが生まれた。10番は157ヤードのパー3。4番アイアンで打ったボールはグリーンの手前でバウンドして右へ転がり、旗に寄りかかるようにしてホールに入った。鍋島さんにとって生涯4度目のホールインワンだった。16番で2度目に奇跡が起こった。148ヤードのパー3。鍋島さんの6番アイアンのショットはグリーンの右から2、3度バウンドして、またホールに消えた。

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この時の鍋島さんの記憶は『あの日の同伴競技者は中野敏雄、大倉善雄、平田保二の諸君だった。16番でホールインワンが出た直後、3人は興奮のあまり、私にしがみつき、なにやら大声でわめいた』と話していた。この日はネット69の好スコアで優勝した上に、ダブルホールインワンの快挙に倶楽部全体が沸き上がった。わざわざ横浜から上等のシャンパンを取り寄せ、居合わせた会員に振舞った。時に鍋島さんは53歳。ハンディキャップは1だったが、昭和8年〜同10年にかけて日本アマチュア選手権に3連覇の偉業を達成したゴルフ史に名を残す名ゴルファーのある一日の出来事だった。(写真は手中にした大小のカップを前に、ご満悦の鍋島さん)